空腹がうまくいくのだ

アラフォー主婦の、生活を楽しくする研究日誌。

ボトムスからワードローブを構成する

とにかく自分の体型にあっていて、
最もスタイルよく見えるボトムスの形を中心に
すべてのワードローブ構成を考える、
というのがかあちゃんの持論です。
 

その理由は
・大人世代になると、どんなボトムスでも似合うわけではないから
・いろんなボトムスを持ってしまうと、組み合わせが複雑になって 失敗コーデの日ができやすいから
・結果、自分のスタイルが確立できないから  
 
www.stylerecipe.fashion

「いろんなボトムスを持ってしまうと、組合せが複雑」
になるほどと思います。

いろいろなボトムスを持つと、トップスもいろいろ持たなければならない。 分かりやすいスタイルだと、

・太いボトムスには、細身のトップス ・細いボトムスには、太めのトップス

するとそれだけで、2倍の服の量になる。 さらに、それぞれにあうコートをそろえるとコートも2倍。

所有するボトムスの形をしぼって、組合せに悩まない、それでいて自分の体型にあう服をもちたいなあと思います。

1日1個、何かを作るとその日が充実する

最近、夕飯を作ることが楽しい。
なぜかというと、作ることに達成感があるからだ。

メニューを決めて、材料を買ってきて、作って、写真をとって、食べる。 毎日がちょっとしたプロジェクト。

また、調理法を研究するのも、実験のようでたのしい。
どういう配合で加熱は何分で、というのを記録に残しておいて、次回の参考にする。ちょうどいい加熱時間や、味の配合を見つけられると、この上ない達成感。

同じことで、ブログもそう。
書く前は、いやでしょうがない。けれど書いたあとはすっきりする。 テーマの重い軽い、掘り下げの深い浅いにかかわらず。
頭の中のぐるぐるを、目に見える形にできた達成感。

だから、毎日かならず、料理かブログのどちらかはやろうって思う。
そんなことを、風邪をひいて寝込んでしまってどちらもできないときにそう思った。

作るということによる達成感を認識できるようになり、 夕食作りが面倒だなぁとすこしでも浮かんだ瞬間にこのことを思い出す。
すると、たのしく作れるようになった。

1日1個、何かを作るとその日が充実する。

少年になった子どもの成長をどうやって記録しようか

この前、子どもの成長を撮った写真が年々減っていくのは、ただ一方的に撮ることでしかコミニケーションがとれなかった赤ちゃん時代から、双方向のコミニケーションができるようになり、その結果、写真を撮る枚数が減ったということ。

そして、それは成長した証だって記事を書きました。

その後に、じゃあ、少年・少女になったら会話だけしていればよくて、なんの記録もいらないの?とふと疑問に思い、

  • やはり、何かしら成長の様子を記録に残したいと思いました。

そして、どういう点を記録に残そうか。

いま、夕食の記録とともにたすくまが使えないかなぁと考えているのですが、そこに今日の子どもの様子を記録していくのがいいのかなと。

ただ、どのような観点、軸で記録していくかまだ見えていません。
もうちょっと考えてみます。

消しゴムの「カス取り」はこれに落ち着きました

小学生の息子の消しゴムのカス量が、半端ないです。
過去に2度ほど、対策グッズを変えていて、やっとこの

ソニック リビガク スージー 乾電池式卓上そうじ機 アイボリー LV-1845-I」

という「卓上そうじ機」に落ち着きました。

最初は、これ。

その次はこの掃除機の棒の部分をはずして、ハンディタイプにして使っていました。

これらを使ってきましたが、「卓上そうじ機」に落ち着いた理由は、

「何も考えなくても、消しカスが吸い込まれていく。それが気持ちいい!」

という点です。
今までのはものは、

  • 車の方は、消しカスがいっぱつで入らないものがあり、何回かコロコロしないと入ってくれない
  • 掃除機の方は、吸い込み口の向きにより吸われたり、吸われなかったりする

この「卓上そうじ機」は消しカスの上をとおりすぎるだけで、一発で入ってくれるのです。 それが、こんなに気持ちいいとは。

だいたい、消しカスを掃除するときは、子どもも勉強したあとで疲弊しているときです。そんなあと、消しカスと格闘するのは、けっこういやなものです。

消しカスの掃除をいやがっていた息子も勉強がおわった儀式として、無意識にうぃーんうぃーんと卓上そうじきをかけるようになりました。

・習慣化するには、「考えなくてもできる」「機械的にできる」ようにプロセスなり、道具を整えていく

ってこういうことかなぁと思いました。 とにかく¥1,000ちょっとで、この気持ちよさは、買いです!

読書は「接続詞にだけ」マーカーをひくといい

Kindleで本を読むときに、

「覚えておきたい部分をマーカーするかどうか」

で迷っています。

というのも、つい最近までは、マーカーをひいていたのですが、「覚えておきたい部分」だけにマーカーをひくと

・覚えておきたい部分が「チープ」に感じる

と思い始めたからです。  

そういえば、高橋一生さんもTVでこんなことをお話しされていました。


A-Studio 高橋一生 2017 1月20日 投稿者 Haruka--3

 

子役時代に山田洋次さんが印象的だったというエピソードで、
オーディションに行って、渡されたプリント(台本)の自分の役の部分について、山田監督にこう言われたそうです。

山田監督:「あれ、一生くん線(自分のセリフにひくマーカーのこと)ふってないね。」

高橋一生:「ぼく線ふるのやなんです。他のセリフが見えなくなるから。」

山田監督:「ぼくはそれに、賛成。」

これに似た感覚なんだと思います。

要するに、そもそもマーカーをひくのはなぜかというと、書いてある観点を、今後身につけたいな、習慣にしたいなと思うからです。

それを、標語のように目立たせるよりは、

・その背景もいっしょに読むと、もっと自分に「はいってくる」から

なんでしょうね。

で、その代わりにどうやっているかというと、

「覚えておきたい部分の、出だしの接続詞の部分に、マーカーをうつ」

「要するに」とか「つまり」という、出だしの部分にだけマーカーをうっておきます。

すると、

「ここ、大事だから前後を含めて読まなきゃだめよ。自分」

というサインになります。

すなわち、その前後も読むことを自分に課しているわけですね。

「覚えておきたい部分」だけに線をひくより、読むのに時間はかかってしまいますが、心に響かない読み方をしても時間の無駄になるので、しばらく続けてみようと思います。